トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

九州方言で「いたらん」は「つまらない、余計な」の意

カリグラム Wikipediaのページ
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アルス・スブティリオル Wikipediaのページ
"Ars subtilior"で画像検索した結果

世の中似た様な阿呆が居るのね、という話。
戯曲でこれをやる意味があるのは、物販コーナーで脚本を売る時くらいでしょう。そういや昔ちらっと拝見したトラウマ白書さんの脚本には、漫談としか言い様のないト書きが大量に付いていた記憶があります。同じく何かの機会でちらっと拝見したコトリ会議さんの脚本には、上演されていないエピローグが付いていた様な(確か。)。こんなところで他の劇団さんの販促をしてもしょうがないんですが、たまには脚本を買ってみるとおもしろいことがあるかもしれませんよ。
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頼まれもしないのに自分の本棚を晒してみる

先日読んだ「のぼうの城」及び「ビブリア古書堂の事件手帖」、知人からお借りして読みました。人気のある本は図書館で読もうとすると順番待ちがすごいので、こういう機会はとても助かります。
さて、私もいい大人ですので、借りっぱなしというのはよろしくない。お返しに面白そうな本をお貸しするのが良いかと思ったのですけれど、述べた通り、件の知人は「のぼうの城」や「三匹のおっさん」を読まれる様な方です。大きく外れたジャンルの本をお貸ししても困るでしょう。
そして元から図書館ヘビーユーザーにして本を持たない主義の私の本棚を端から端まで見渡せど、お貸しできる本が、ない。ない。どこにもない。
そんな訳で、人に貸しても恥ずかしくない本を求めて自分の本棚を漁ってみました。

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「のぼうの城」を読んだ

読書感想文です。内容についてはWikipediaAmazonのページをご参照下さい。
この小説が元々は脚本であったというのは実に肯けます。名前が付いていて出番の少ない登場人物がほぼ居ないのです。小説なら一シーンだけやたら台詞があって後は二度と出て来ない様なキャラクターは有り得ますが、演劇や映画でそれをやると、台詞をこなす実力があってかつ出番の少ない役を受けてくれる役者を探すのが大変です。少数ながら、登場してすぐに消える顔有りキャラが居ましたが、その前に見せ場が確保されていたので恐らく問題なかったでしょう。
他には、指揮官の号令で全軍が攻めかかったり、『襲い掛かろうとしたまさにその時、銃声が』の様な描き方が、映像で見ると格好良いだろうなあと思います。あと、助さん格さんが勝つのに決まっているのにわざわざチンピラが襲いかかって案の定やっつけられるという様な実にお約束な展開は、大衆小説でもあることだと思うのですが、やっぱり脚本だと思うと腑に落ちます。観客の期待に応えるのに躊躇しない(もしくは見事に裏切ってみせる)という点ではシェイクスピアなんか実に偉大です。その辺り、芝居は小説よりフィクションに対する許容範囲が広いと思うのは、偏見ですかね。

小説も芝居も絵空事

SF作家としては初めて芥川賞を獲ったと言われる円城塔氏のインタビュー記事を読みました。恐ろしく乱暴に言うと「SFは純文学より下等だと思われてる」という様なニュアンスのことを語っているのですが、あれ、ずっと昔に筒井康隆氏も似た様なこと言ってなかったっけ?未だにSF時代は到来せず?と思って調べてみました。ヒマ人のやることですね。

芥川賞受賞者一覧

過去30回ばかりの受賞作を対象に、SFだけだといささか範囲が狭すぎるのでもう少し広くファンタジー的な要素を含んでいるか、少なくとも現代の日常生活では起こり得ないことが書かれているかというのを、Amazonの商品ページ及び「(作品タイトル)」+「あらすじ」でGoogle検索した結果を参考に、私が至極主観的に判断しました。つまり全作をきちんと読んだ訳では無いので、大いに誤っている可能性があることをご了承下さい。私がいい加減に調べた感じでファンタジーっぽくないということは、つまり大して重要な要素となってはいないということでもあるでしょう。
作中の出来事が現実に有り得ることであってもその描き方が甚だ日常的でない場合は、悩んだ末、一応カウントすることにしました。自分でも甚だの基準が説明し辛いのですが、現実からの浮遊感をポイントにしてみました。単なる時代劇は除きます。

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