トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

極限状況と芸術

先ほど、芸術と言った。収容所の芸術、そんなものがあるのだろうか。もちろん、何を芸術と呼ぶかだが。
ともあれ、時には即席の演芸会のようなものが開かれることがあった。居住棟が一棟、とりあえず片づけられて、木のベンチが運び込まれ、あるいはこしらえられて、演目が案配される。夕方には、収容所でいい待遇を受けている連中、たとえばカポーや、所外労働のために外に出ていかなくてもいい所内労働者が集まってくる。いっとき笑い、あるいは泣いて、いっとき何かを忘れるために。
歌が数曲、詩が数篇。収容所生活を皮肉ったギャグ。すべてはなにかを忘れるためだ。
実際、こうしたことは有用なのだ。きわめて有用なので、特別待遇とは縁のないふつうの被収容者のなかにも、日中の疲れもいとわずに収容所演芸会にやってくる者がいた。それと引き替えに、その日のスープにありつけなくなってさえ。
ヴィクトール・E・フランクル 「夜と霧」 池田香代子訳 2002年 みすず書房 p68


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難問奇問

突然、羽ばたきが聞こえる。大きな鳥の群れ、何百もの鳥がフォイアーバッハに群がる。彼は至福の笑みを浮かべ、腕を広げて立っている。女性は跪き、腕を広げて感嘆を示す。彼女は場面の最後まで、動かずにそのままである。

演出助手:(舞台ばなに駆け寄る)やめて!やめて!もう終わり!
鳥は彼にも群がる。彼は身をすくめ、腕で頭を覆って守ろうとする。

演出助手:やめろ!やめろ!やめろ!
フォイアーバッハ:ヴェニテ!君たちと話がしたいのだ。君たち、いたずらな、小さな、可愛い神の創造物たち、私の弟、私の妹。君たちに教えよう、本当の至福とは何か。そこに門番の修道士がやってきて、怒って聞く、Chi siete voi? E noi diremo: Noi siamo due de vostri frati, e colui dira: voi non dite il vero, anzi siete due ribaldi ch’andate ingannando il mondo e rubando le limosine de’ poveri; andate via! e non ci aprira, e faracci stare di fuori alla neve e all’acqua, col freddo e colla fame infino alla notte; allora se noi tanta ingiuria e tanta crudelta e tanti commiati sosterremo pazientemente sanza turbarcene e sanza mormorare di lui, e penseremo umilmente charitativamente che quello portinaio veramente ci conosca, e che Dio il faccia parlare cchontra nnoi; o Fratelli ucelli, ivi e perfetta letizia...E se noi pur costretti dalla fame e dal freddo e dalla notte piu picchieremo e chiameremo e pregheremo per l’amore di Dio con grande pianto che ci apra e mettaci pure dentro, e quelli piu scandolezzato dira: Chostori sono ghaglioffi, importuni, io li paghero bene come sono degni; e uscira fuori con uno bastone nocchieruto, e piglieracci per lo cappuccio e gitteracci in terra e involgeracci nella neve e batteracci a nodo con quello bastone: se noi tutte queste cose sosterremo pazientemente e con allegrezza pensando le pene di Cristo Benedetto le quali dobbiamo sostenere per suo amore; o fratelli,mie sorellle, iscrivi che in questo e perfetta letizia.――さあ、歌いなさい。可愛い子たち、君たちを創られた方を褒め称えるために。
鳥たちはさえずりながら羽ばたき去る。女性は立ち上がり、前のように椅子に座る。

タンクレート・ドルスト 「私、フォイアーバッハ」 高橋文子訳 2006年 論創社 pp.60-63

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演劇人と結婚式

他人様の結婚式に有り難くもお呼ばれすることが珍しくなくなったお年頃なのですが。
私独自の調査によると、結婚式というのは「新郎新婦の一生に一度の晴れ舞台」で、新郎新婦が「(例え日頃は脇役であろうともこの日ばかりは)主役になる」日なんだそうです。そのためにゴンドラやら何やらの演出があって、人によっては大枚はたいてそういうオプション費用を払うのだとか。
・・・・・・普通に芝居の主役になる方が楽しいんじゃねえの?

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甦るローテク

「ルネサンス期に、初めて舞台が動くようになったということは、それよりも前の時代は、全く場面が変わらなかったというわけですか?」
「そう。舞台は動かなかった。でも、場面を変えたいとは思ったんだなということが分かるものが残っている。それを見ると、舞台を動かす代わりに登場人物が移動していたらしい。パリの国立図書館に『受難の聖史劇・上演の舞台図』というのが保存されているんだけど、横一列に色々な場面の屋台が並び、多場面を同時に構成している装置になっている。左端は『天国』で、右の端は『地獄』を表し、必ず『天国』は東に、『地獄』は西、と方位が決まっていたそうだ。この舞台で、キリストが誕生し、最後に十字架にはりつけにされ、昇天するまでの『受難劇』を上演していたが、そこで演じられるドラマの場所の変化は、登場人物が場所を変えることで表現していたんだ」
「観客も、演じられる場所の移動を追ってぞろぞろ歩いていたんでしょうね」
妹尾河童 「河童の語る舞台裏おもて」 1987年 平凡社
文庫版:1998年 文藝春秋 pp.61-62)

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本ばかり読んでいると馬鹿になる

私はこよなく本を愛し、物語におぼれた。その果てに買い集めた書物は膨大な量にのぼる。いつしか、ふつうの人生は私から縁遠いものになった。世間的には、ドロップアウトということになるらしかったが、その意味さえ私は長いこと理解しなかった。
全ての本を読むことはできないし、幾千幾万の書物を読んだところでそれだけでは何にもならない。そのことに気づいたときには、人生が詰んでいた。そうならないために、人は本のみに人生をささげたりしないのだとは、誰も教えてくれなかった。
芦辺拓 「奇譚を売る店」 2013年 光文社 p.201

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