トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

芝居で飯を食うとか2

「演劇の食えなさってのは半端じゃないんだよ」
部長はやや懐かしむような口調である。
「辞める契機は結婚と子供だ。なまじの奴が所帯持てるような商売じゃない」
(中略)
「契機があっても演劇から足を洗えないのは、演劇にすべてを賭けるなんて決意の奴より、楽しくてついずるずる続けちゃったってのが多数派だよ」
有川浩 「シアター!2」 2011年 アスキーメディアワークス pp.327-330


続きを読む
スポンサーサイト

芝居で飯を食うとか

数世紀にわたって文学においては、一方に少数の書き手がいて、他方にその数千倍の読み手がいる、という状態が続いていたが、前世紀の終わり頃、その点に変化が生じた。新聞が急速に普及し、さまざまな政治的・宗教的・学問的・職業的・地域的組織をどんどん捲きこんでゆき、読者となじませるにつれて、しだいに多くの読者が――最初は散発的に――書き手に加わるようになった。同時にこのような読者のために、日刊紙は「投書欄」を設けはじめた。こうしていまでは、ヨーロッパのほとんどすべての労働者は、その労働の経験や、苦情や、ルポルタージュなどをどこかに公表するチャンスを、基本的にもてるようになっている。それゆえ、作家と公衆とのあいだの区別は、基本的な差異ではなくなりつつある。その区別は機能的なもの、ケース・バイ・ケースで反転しうるものとなっていて、読み手はいつでも書き手に転ずることができる。
ヴァルター・ベンヤミン 「ボードレール他五篇―ベンヤミンの仕事2」 1994年 岩波書店 pp.91-92

続きを読む

インプット&アウトプット

「あなたの兵隊さんたちは、わたしどもの女たちを辱しめております」パイパ・ルヌイ村長は帽子をぎゅっと握って声を落とす。「わずか二、三か月前のことですが、義理の妹が乱暴され、先週には、わたしの妻が、わたしの妻がですよ、もう少しで乱暴されそうになりました」
「わたしの兵隊ではない。我が国の兵隊ですよ」ビクトリア将軍は慰め顔をする。「落ち着いて、落ち着いて、村長さん。軍はあなたの義妹さんの事故を遺憾極まりないことと考えており、償いのためにできるだけのことをするでしょう」
「このごろでは、強姦のことを事故だと言うんですか」ベルトラン神父は困惑している。「強姦は強姦なのに」
「畑から帰ってきたフロルシータを二人の軍服の男がつかまえ、道の真ん中で彼女に跨ったんです」テオフィロ・モシイ村長は、苛立ち、その場でぴょんぴょんと跳ねる。「照準は極めて確かなもので、今、彼女は妊娠しているほどです、将軍殿」
「あなたはわたしをそのならず者と同一視しようとなさっておられる、ドロテーアお嬢さん」とペテール・カサワンキ大佐はぶつくさ言っている。「泣かないで、泣かないで、じきにうんとうまく解決してあげるから」
「わたしが出て行くとお思いになっていらっしゃるんですか」ドロテーアはすすり泣いている。「わたしが、一人だけで、全部の兵隊の前に?」(中略)
「さあ、この連中のうちの誰と結婚したいのか、わたしに教えて下さい、ドローレスお嬢さん」アウグスト・バルデス大佐は三人の新兵の前を行ったり来たりしている。「そうすれば、従軍僧に即座に結婚させてもらえますぞ。さあ選んだ、選んだ。生まれてくる赤ちゃんにとって誰がいいかな」
「あっしの女房は場所もあろうに教会でつかまえられました」大工のアドリアーノ・ラルケは椅子の端で体をこわばらせている。「大聖堂ではなくてパガサンのサント・クリストの礼拝所でのことでございますよ、旦那」
「そのとおりなのです、ラジオをお聴きの皆さま」とシンチがわめいている。「神にたいする恐れも、神の聖なる館にたいする敬意も、すでに二世代のロシート人の生みの親となっていたやんごとなき貴婦人の高貴な白髪もこのような淫で神を恐れない人間たちを押さえることはできませんでした」
マリオ・バルガス=リョサ 「パンタレオン大尉と女たち」 新潮社 1986年 pp.11-13

続きを読む

最近の話

たまには本を読む以外のこともしてますよ、とアピールするために。
先日、『脚本を音読してみる会』的なものに行ってきました。私の脚本を音読して下さった皆様ありがとうございます。私も読みましたけど。
そして改めて思ったのが、長い。私の脚本長い!
自分一人で書いていると書き言葉と話言葉の違いが掴めないという、よくあるアレですね。以前口述筆記について書きましたが、読み上げソフトの導入を検討せねば。

続きを読む

FC2Ad