トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

ランダム性のつづき

「お互いに関連するのかどうかすらわからない(かつできればそれぞれ単体で完結しない)文章が、どういう順なのかよくわからない順番で並んでいる小説」というものについて前回書きましたが、それってよく考えれば既にありますね。

もちろん、新聞その他の報道です。読者が誰に強制されることもなしに、お天気情報と農作物の値段を自力で結び付けるのは自然なことです。(電子版の新聞には関連キーワードによるリンクがありますが。)つまりランダム小説ってただの現実じゃないかと気付いて、少し考え直しておる次第です。
そもそもこの世には因果も道理もないところに、人が無理矢理筋道を付けて出来上がるのが物語であるならば、物語から筋道を引き算して出来上がるのは現実です。現実という小説には既に読者の数だけの物語が存在しています。おお、何だか格好良い言い回しだ。それなら改めてランダム小説を作る意義とは何なのか。

小説は現実の模倣であるのか、違うなら何が違うべきなのか、そういったことは既に世の多くの小説家が考え、またこれからも考えていくことでありましょう。そして、ランダム小説というものが存在するならそれは、紙よりも電子媒体の方が手軽に実現できると思います。もしも電子書籍というツールの側から小説に関する概念を啓発することがあれば、それは非常に宜しいことです。

ちなみに企画本でもない限り、文芸雑誌も、ばらばらの文章が並んでいるという代物です。短編だけでなく連載物もありますから、個々の小説はそれ単体で完結しません。掲載の順序に意味が無い訳ではありませんが、あれは制作的意図なのやら商業的意図なのやら。
しかし雑誌のそれぞれのコンテンツを読者が自分で関連付けるということはそうありませんから、ランダム小説とは少し違いますね。いかに腐女子と言えども、ワ○ピースと銀○のキャラをカップリングさせるのは少数派です。
あと世の中にはシェアードワールドというものもありますが、これも読む人毎に・読む度に違う作品が出来上がるというものでもないでしょう。虫食いのひどい古文書の解読等も近そうですけれど、マニアック過ぎますね…。

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