トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

役者とスタッフの間の壁

今更ながら「桐島、部活やめるってよ」を読んで、スクールカースト怖えー!高校生じゃなくて良かったー!と思ったのですが、劇団にヒエラルキーがあるかというと、少なくとも小劇場では微妙です。商業演劇ならスポンサーもしくは一番動員を稼げる人がトップでしょうが、小劇場で座長と演出家と舞台監督と制作が喧嘩したところで大して得るものもありません。一人が全部を兼ねるケースは置いといて。
だからといって全く平等な社会主義かと言うとこれも疑問で、私は打ち上げの席での盛り上がりっぷりが一つの良い尺度だと思っています。つまり
  演出家(座長) > 主役 > 脇役 > スタッフ > 当日手伝い
という順番ですね。

苦労を強いられる順&苦労の度合いが作品に如実に現れる順、と言い換えても良いでしょう。目立つしカッコいいけど楽ちんな主役なんて都合の良いものは存在しない以上(同じく役者に好き勝手言い放題なだけで良い芝居が作れる演出家は存在しません)、メインキャスト達にかかる重圧は測り知れず、それだけに、共に苦労を乗り越えた役者達が打ち上げでうまい酒を酌み交わすのも自然なことではあります。
ところがスタッフは、陰でハゲる程苦労したとしても基本的にソロプレイです。苦労の内容と成果が余人に理解されません。音響係が舞台装置の凝ったギミックを見たところで「へーすごいねー」位しか言うことは無いです。
美術的観点からは、舞台美術と照明と衣装と小道具は手を取り合って仕事を進めていくものですが、現代劇なら数回の打ち合わせで済みます。時代劇やファンタジーなら手を取り合うどころかがっぷり四つに組むことになりますが、大抵は「台車は装置じゃなくて小道具だ」「衣装に小道具の入る隠しポケットを作れ」「衣装が引っかかるから階段をなくせ」みたいな感じで荒れます。あとその手の芝居はお金と時間がかかるので、不景気の昨今はあまり見ないです。

そういう訳でまとめると、ハイリスクハイリターンでチームプレイなのが役者で、ローリスク(とは限らないものの)ローリターンでソロプレイなのがスタッフと言えます。
打ち上げの席で役者ばかりのテーブルは間違い無く『芝居とは何ぞや』的な話をしているので、そこにスタッフが混ざると、興味の無い話ではないものの聞き役に回ることが多いです。逆にスタッフのテーブルに役者が混ざると、世間話しかしないのに退屈して程なく席を移ることになります。
綺麗事ですが、役者もスタッフも、誰が欠けても公演は成り立たないのです。それはそれとして一緒にお酒が飲めるかどうかは、また別の話ということで。つまりは一スタッフの愚痴でした。

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