トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

書を読め、町へ出よう

チヌア・アチェベ氏の訃報をニュースで見たのは早や1年前のことでした。不勉強にして氏の名前を知らなかったため著書を検索してみると、何と、日本で出版されているのはこれ1冊しか無い!

池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集 第5巻 短篇コレクション 1

そして短篇!他は絶版!いや図書館に行ったらあるけれども!・・・・・・もう著書を読めない作家の訃報って、何か詩的だなあ。と思いながら一月一篇ペースで読み進めて、先日やっと読み終わったのでした。あ、今は代表作「崩れゆく絆」の新訳が出版されている様です。

アメリカや中国の小説は、やはり付き合いが長いだけあって「ああこれは○○年代のアメリカだな」等、小説の味わい方を事前に心得ています。がその他の地域はまず文化の違いにぽかーんとします。アフリカやら中東やら、ただ呆然とするばかりというか。
もちろん上記の本は『世界文学全集』と謳ってあるだけあって非常に国際色豊かなラインナップですが、普通の海外ミステリなんかでも同様のことは思います。主食が何とか、グレた若者はまず何をするとか、どの人種が社会的にどの様に見られているかとか。普通の家族物語ですら政治の腐敗と絡めて語らざるを得ない国はままあります。こう書くと日本の政治が腐敗してないみたいですけどね。

私独自の定義では、自分と違う価値観の存在を認める人を都会人と呼びます。様々な人が暮らすことを、その功罪を含めつつ、許すことができるのが都会だと思っています。だから江戸前の鮨屋が「お客さん、アガリをわざわざ『お茶』なんて、田舎者だね。ハッ!」なんて言うのは、私の定義では都会に住んでいようと田舎者です。(東京の鮨屋さんごめんなさい。あくまでイメージです。)
自分と違う価値観を知っていることとその上で共生できることはまた別の話で、そこからの道のりの方がずっとずっと長い訳ですが、外国の書を読むことは狭い田舎を出ることです。事によっては添乗員付ツアーより多くのものを得られるかもしれません。そんな訳で外国の本を読みましょう。・・・架空の国の本はカウントするのか?

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