トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

想像の力

「さ、さ、悲しんだり、泣いたりするのはよそう。そんなことをしていてもらちがあかない。私が生き長らえるなら、ルーカン郷の死をいつまでも悲しむだろう。しかし私の死期は刻々と迫っている。だから、この名剣エクスカリバーを持って、あそこの水辺に行き、水中に剣を投げこんでくれ。戻ったら、そこで何を見たか、報告してくれ」とベディヴィア郷に命じた。
「王さま、御命令どおりにいたします。すぐ御報告に戻ります」と言って、ベディヴィア郷は出かけた。みちみち彼はこの見事な剣をつくづく眺めた。つか頭も、柄も全部宝石でできている。そこでベディヴィアはこう自分に言いきかせた。
「私がこの高価な剣を水中に投げても、何の利益にもならないどころか、大損失になる」
そこでベディヴィアは木の下にエクスカリバーをかくした。大急ぎで、王のところへ立ち戻ると、水辺へ行って、水中に剣を投げ入れたと報告した。
「そこで何を見たか?」と王がたずねた。
「波と風以外は何も見ませんでした」
「うそをついているな。すぐ取って返し、命じたとおりにせよ。お前はわしにとって大事な人だ、さあ、けちけちせずに、投げすててくれ」
そこでベディヴィアは取って返し、剣を手にとった。こんな見事な剣をむざむざと投げこむのは罪悪であると思われたので、また剣を隠して、立ち帰り、水辺に行って、命令どおりにしたと報告した。
「そこで何を見たか?」と王がたずねた。
「波が寄せては返すだけでございました」
「このうそつきめ、これで二度もわしをだましたな。今まであれほど私が大事にしていたお前が、気高い騎士という評判のお前が、高価な剣に目がくらんで、私をあざむくなどと、いったい誰が考えられよう?さあ、さあ、早く戻った。お前がいつまでもぐずぐずしているので、私の命は非常にあぶなくなってきた。体が冷えてきた。もしまた今度私の言いつけどおりしなかったら、見つけ次第、この手で殺してやる。きっとわしの金目の剣欲しさに、お前はわしが死ねばいいと思ったのだろう」
ベディヴィアは出かけてゆき、剣のかくし場所へ行くと、さっと取りあげ、水辺へ行き、剣のつかに腰帯をまきつけ、力まかせに水中遠くへ投げこんだ。すると一本の腕と手が水中からぬっと出て、その剣を受けとめ、剣を三度振ると、剣をにぎった手は水中へ沈んだ。
そこでベディヴィアは王のところへ戻り、目撃したことを報告した。

T.マロリー 「アーサー王の死 中世文学集Ⅰ」 W.キャクストン(編) 厨川文男、厨川圭子(編訳) 1986年 筑摩書房


この情景を描いたオーブリー・ビアズリーの挿絵がこちら
不思議なのが、ベディヴィア郷が剣を隠して2度目に戻って来た際に、1度目と同じ嘘を吐いたことです。『大天使が降りて来た』とか『空中で光って消えた』とか何とでも言えそうなもんじゃないですか?
が、それはこの手の伝説やら何やらを山ほど知っている現代人だから思うことで、この物語が成立した当時にはそういったものは浸透していなかったことがわかります。知ってる物なら嘘が吐けるが知らない物の嘘は吐けないんですね。
そしてベディヴィア郷が剣を水中に投げ込んでからの下り、超自然的な物語が生まれるには、そこにイメージの力(と書くと恥ずかしいですね・・・)とか詩情とかいうものがあるんではないでしょうか。
そういう訳でカルヴィーノの「アメリカ講義」より「4.視覚性」の一部を引用して終わります。もっと難しい話も書いてあるんですが、引用しやすいところだけ。てへ。

・・・かつては、一人の人間の視覚的記憶は自分の直接の経験という財産の他には、文化によって映し出されるイメージのごくわずかなレパートリーに限られていました。個人の神話に形を与える可能性は、このような記憶の断片の思いがけない、暗示的な結合と組み合わせから生まれてきたのでした。今日では、私たちは実に雨あられのようなイメージに攻撃にさらされていて、そのために自分が直接経験したことと、何秒か前にテレビで見たこととを区別することさえできなくなっているほどです。(中略)
未来にむけて救うべき価値の一覧表のなかに視覚性を私が加えたのは、今私たちが人間の基本的な能力の一つを、すなわち目を閉じたまま視像をはっきりと結ばせたり、まっ白なページの上に並ぶ黒い文字の列から色や形を浮かびあがらせたり、またイメージによって考えるという能力を失いかけている危険を警告したかったからなのです。

イタロ・カルヴィーノ 「アメリカ講義――新たな千年紀のための六つのメモ」 米川良夫、和田忠彦(訳) 2011年 岩波書店 pp.167-168
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