トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

こたつ

こたつから出れません。

家に帰ったらまずこたつに直行します。背中が寒いのでもぐります。温もっている内に段々と気力体力を奪われ、代わりに眠気を注入されます。やっとこたつに解放してもらえる=暑くなって目が覚める頃には就寝時刻になっています。
だもんで、ブログが書けません。まして脚本なんかとても書けません。
と言うと「今すぐストーブを買え」と怒られるのですが、そもそも家にはエアコンとかいう文明の利器があるんですね。けれど実家になかったので個人で使ったことがなくて、今ひとつ苦手というかとにかく使わないのです。
ストーブならやっぱりガスが暖かいよなあ。でもガス代かかるよなあ。灯油は給油が面倒だなあ。電気は暖まるのに時間かかるよなあ。近頃のは改善されてるのかなあ。こたつならこたつ布団との合わせ技が使えるんだけどなあ。
なんて思いながらまた寝てしまう訳です。

話は飛びますが、私は芥川龍之介が好きです。顔とか。
今や文学の神様的な扱いを受けている芥川ですが、彼には果たして才能というものがあったんだろうか、と思うことがあります。才能かどうかはともかく何かが足りない。彼の作品を読むと、人間なら公式を使ってぱぱっと解く数学の問題を、コンピュータがごりごり力ずくで計算している様な危うさを感じてしまうのです。

筒井康隆氏が「短編小説講義」で語るところでは『才能というのは生まれた境遇であるとか嗜好であるとか、とにかく本人の努力ではどうにもならないものに由来する能力』なんだそうです(うろ覚えですみません)。自分では決して公式を発見できないコンピュータが数学者を見て「あー俺って才能無いんだなー」と言ったとしたら、確かに才能というものは手応えを持って存在するものなのだと思います。
逆に、円周率を無限に計算し続けられる程のコンピュータが言うのでなければ、その台詞には説得力がありません。努力でどうにかなる部分とそうでない部分を切り分けるのは難しいですが(まして人間の生は限られているのですから、100年努力してやっとできることは『才能がないからできないこと』にカウントすべきです)、少なくともそれを考慮せずにすぐ才能云々のたまうのはいかがなものかと、個人的には思う訳ですよ。

世のアーティスト志望の若者の九割九分が消えていくのは、才能もさりながら努力の問題も少なからずあるのでしょう。努力しなけりゃ上達しないのは当たり前。そしてこたつ如きにかまけてごろごろしている私なんぞは真っ先に淘汰されてしかるべきであります。
と書きながらなおこたつからも出ず、当サイトも畳まない辺り、何と言うか自分も青春を過ぎたというか、悪い意味で歳を取ったなあと思うのでした。こたつでキーボード打つと手が冷えるな・・・
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