トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

極限状況と芸術

先ほど、芸術と言った。収容所の芸術、そんなものがあるのだろうか。もちろん、何を芸術と呼ぶかだが。
ともあれ、時には即席の演芸会のようなものが開かれることがあった。居住棟が一棟、とりあえず片づけられて、木のベンチが運び込まれ、あるいはこしらえられて、演目が案配される。夕方には、収容所でいい待遇を受けている連中、たとえばカポーや、所外労働のために外に出ていかなくてもいい所内労働者が集まってくる。いっとき笑い、あるいは泣いて、いっとき何かを忘れるために。
歌が数曲、詩が数篇。収容所生活を皮肉ったギャグ。すべてはなにかを忘れるためだ。
実際、こうしたことは有用なのだ。きわめて有用なので、特別待遇とは縁のないふつうの被収容者のなかにも、日中の疲れもいとわずに収容所演芸会にやってくる者がいた。それと引き替えに、その日のスープにありつけなくなってさえ。
ヴィクトール・E・フランクル 「夜と霧」 池田香代子訳 2002年 みすず書房 p68


一部だけ引用しましたが、章全体を通して、芸術は生きていくのに必要なのだと感じる文章でした。
東京砂漠を生き抜くサラリーマンにだって芸術は必要です。芸術があっても腹が膨れないからといって、芸術がこの世からなくなったらどうやって生きて行けば良いのでしょう。
とはいうものの、こういうのもある様で、
プリーモ・レーヴィは、収容所の入り口で初めて楽隊がロザムンデを演奏しているのを耳にしたとき、思わずこみあげてきた苦笑いを抑えるのに苦労した。そのとき、彼の目に入ったのは、奇妙な足取りでキャンプに帰って来る隊列の姿だった。五列縦隊のその行進は、まるで木でできた人形のようにほとんど硬直し、首筋をまっすぐ伸ばし、腕を身体にぴったりとつけ、数万の脚と木靴は音楽に従って動かされ、身体は自動人形のように拘束されているのだった。
抑留者たちは力なく、脚の筋肉は自分の意志とは無関係に収容所の音楽隊が命じるリズムによって動いていた。・・・(中略)
ドイツ兵が死の収容所のなかで音楽隊を組織したのは、彼らの苦しみを宥めるためでも、いわんや犠牲者たちにおもねるためでもなかった。
1.それは従順さを増すためであり、あらゆる音楽がはらんでいる、非個人的で非個性的な融和のなかに抑留者を溶かしこむためだった。
2.それは快楽によるものだった。自分たちを侮辱する者たちの罪を担っているものの一群が踊る屈辱の舞踏を目にし、自分たちが愛好する曲を耳にするときに感ずる美学的快楽および嗜虐的な喜び。
パスカル・キニャール音楽への憎しみ」 高橋啓訳 1997年 青土社 pp.186-188


思えばスーパーで働いていた頃の12月はある意味地獄でした。朝から晩までクリスマスソングを聴かされながら働いて、クリスマスを好きになる人間はそう居ません。そして1月になれば朝から晩まで琴と尺八が流れるのです。
何にしても芸術は巷で言われているよりはずっと人間への影響力は大きいですよ、と毒にも薬にもならないオチで終わります。


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