トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

女優さんとの付き合い方

この作品は、わたしにとっても、意外な運命を辿ることになった。一九三五年に――私の記憶に間違いがなければ――月刊誌『スカマンデル』に掲載はされたもののたいして注目されず、『イヴォナ』は、戦前のポーランドの劇場の感心を惹かずに終わった(もっとも、当時私は女優たちを馬鹿にしたいという一種の病気にかかっていて、中でも有名な女優連中をはずかしめるために、見かけるたびに自分から名乗って「失礼ですが、あなたは?・・・・・・」とやらかしていた。そのうち何かパーティーの席上で一人の女優に、慇懃に五度目の自己紹介をしたら、「これでようやく私の顔を覚えるでしょ!」と、コップの水を顔にひっかけられたこともあった。まあ、もしあんな風に役者に接していなければ、話は違ったかも・・・・・・)。
(『遺書』第三章「イヴォナ」一九六八年)
S・アン=スキヴィトルト・ゴンブローヴィチディブック/ブルグント公女イヴォナ」 西成彦 編 赤尾光春、関口時正 訳 2015年 未知谷 p.259

先週書いた「ディブック」に同時収録の戯曲「ブルグント公女イヴォナ」の解説の一部です。孫引きは良くないんですが。
「ざけんな●すぞ」みたいな台詞や「男の股間にローキック」みたいなト書きを書いて、女優陣に辟易されることはよくありますが(そしてさして反省していない)、舞台の外でそういった嫌がらせをしたことは無いので、ふーんと思いました。そんなことをしたくなる様な高慢ちきな女優さんには幸いにしてお目にかかったことがありませんし。
高慢ちきなだけなら女優に限らない筈です。なら筆者は高慢ちきな男性俳優には無礼を働かなかったのか。女優なら舐めてかかっても大丈夫だと思ったのか。

自分の経験と考え合わせて、女優には「下品な役柄を演じると女優としてのブランドが損なわれる」という危険があるのではないかと想像します。そこいくと現代のジャ●ーズも同じですね。ドラマでどんな役柄を演じるかはアイドルとしてのイメージを左右します。
ただ男性は下品な役や三枚目を演じても、むしろきっちりやれば「演技の幅が広がった」とその実力に対して賞賛を受けるのに対して、女性は必ずしもそうではないために、女優が自分で役柄を選り好みせざるを得ないのが脚本家・演出家にとっては癪の種という事情があるかもしれません。1935年当時ならなおさらでしょう。
あとは当時の客席と舞台がどの程度離れていたのかわかりませんが、美人であれば大根でもスターにのし上がれる世界であれば、余計に脚本家・演出家は女優嫌いになる筈です。
なので女優単体、脚本家と女優の間だけではなくて、もっと広い話の気がします。

この「ブルグント公女イヴォナ」の主役のイヴォナ、世の99%の女優はやりたがらないと思います。イメージがすこぶる悪い上に超激難の役どころなのです。
2016年の現代なら、これを見事に演じられたら各方面から絶賛間違い無し、かもしれません。が1935年にこれを発表したゴンブローヴィチは、時代に先駆けたというよりは、やっぱり単に女優への私怨をぶちまけた様に思います。そりゃ各方面から嫌われて当り前だよ。

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