トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

最近の話

たまには本を読む以外のこともしてますよ、とアピールするために。
先日、『脚本を音読してみる会』的なものに行ってきました。私の脚本を音読して下さった皆様ありがとうございます。私も読みましたけど。
そして改めて思ったのが、長い。私の脚本長い!
自分一人で書いていると書き言葉と話言葉の違いが掴めないという、よくあるアレですね。以前口述筆記について書きましたが、読み上げソフトの導入を検討せねば。

K嬢の脚本を読ませて頂いたので、その話を少し。
自分が若く美しくなくなることを受け入れられない中年女性の姿が見事に描かれていました。私は昔から「人間顔じゃない」と己に言い聞かせて来た口ですし、実体験としての共感はありませんが、これまでの人生で遭遇した女性達を思い浮かべると非常に納得しました。
女性の美しさというのは、芝居においては色々でして。美人オーラが出ている人でないとできない役柄もあれば(映画の美人女優が必ずしも演技派ではないのはそのためです)、物語の中でかわいさがにじみでて来るキャラ(「千と千尋の神隠し」とかですか)もあるので一概には言えません。
で、既にちらっと書きましたが、実写の映画の美人役は表情のクローズアップに耐えるために、とにかく顔がきれいでないと困る訳です。そして若い女優は技術が追いついてないことが多い。
而して昨今のアニメの興隆の理由の一端は、その裏返しではないかと。アニメのヒロインは見た目が完璧な上に、どれだけ若いキャラであろうと演技もきっちりしているのが当たり前です。大根なアニメヒロインなんてどこに居ますか(声優が大根なことはままあるとして。あと作画崩壊もあるとして。)。つまり中身のかわいさを重視するなら、アニメの方を推すのが自然ではないかと。
そして芝居を作る現場の側としては、顔だけきれいな女優より技術の高い役者の方が断然に好感度が高いのです。
要するに、中身のかわいさのウェイトは意外に大きいですよという話。

とはいうものの、失われた若さは二度と戻らず、歳とともに技術がどれだけ向上しようと、(往々にして美人でなければ務まらない)ヒロイン役を再び演じることはありません。失ったものはあまりに大きい。アニメにしたって美人なのが大前提ですからね・・・・・・
もう戻らないものを嘆くのは、非常に人間らしい行為ではあります。

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