トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

芝居で飯を食うとか

数世紀にわたって文学においては、一方に少数の書き手がいて、他方にその数千倍の読み手がいる、という状態が続いていたが、前世紀の終わり頃、その点に変化が生じた。新聞が急速に普及し、さまざまな政治的・宗教的・学問的・職業的・地域的組織をどんどん捲きこんでゆき、読者となじませるにつれて、しだいに多くの読者が――最初は散発的に――書き手に加わるようになった。同時にこのような読者のために、日刊紙は「投書欄」を設けはじめた。こうしていまでは、ヨーロッパのほとんどすべての労働者は、その労働の経験や、苦情や、ルポルタージュなどをどこかに公表するチャンスを、基本的にもてるようになっている。それゆえ、作家と公衆とのあいだの区別は、基本的な差異ではなくなりつつある。その区別は機能的なもの、ケース・バイ・ケースで反転しうるものとなっていて、読み手はいつでも書き手に転ずることができる。
ヴァルター・ベンヤミン 「ボードレール他五篇―ベンヤミンの仕事2」 1994年 岩波書店 pp.91-92

書かれたのが1936年。こんな昔からこんな事が言われていたとは。
自分でも書くことのある読み手がたくさんいるということは、文章を賞味し批評してくれる理解者が、カバディよりは多いということです。
しかし昨今、それ以上に大きいのは、素人の書き手が大量にインターネットで発信することにより、ちょっとやそっと気のきいた文章は(時には超大作でさえも)無料で提供されるのが当たり前になったことでしょう。かつての芸術家は少数の大富豪のパトロンに支えられて、パトロン好みの作品を提供しました。富裕層の消滅とともに、安価な作品をできるだけ多くの平民へ提供するのが『芸術家として食べていく』の一般コースとなっていたのが、そのモデルが崩壊しつつある訳です。

『芸術家として食べていかない』ってどういうことでしょう?
フランツ・カフカは昼は事務員として働き、夜な夜な書斎に籠もっては徹夜で小説を書きました。彼の早世は単に睡眠不足のせいかと。そもそも会社員との兼業小説家は山の様に居ますね。
その他の例では、ランボーが詩を書いていた時期はヴェルレーヌに食わせてもらってました。ルイス・キャロルは数学の先生で、そもそも出版目的で「不思議の国のアリス」を書いていません。あと「源氏物語」はもとはといえば同人誌の様なもので、と言ったら乱暴過ぎますかね。

『芸術家として食べていける』というのは、24時間を芸術に捧げることができ、作品が多くの人の手に渡る流通経路が確保され、編集者や読者から厳しく鍛えられ励まされるという、実に夢の様な境遇です。そしてこの環境が良質の作品を生む、という好循環が生まれます。上記に挙げた面々(紫式部除く)も、最終的にはプロの文筆家として食べていくことを望んでいました。だからこの世知辛い現代でも、芸術で食べていける様になってやる!と言う人も居るだろうし、それ自体は否定されるべきではないでしょう。
現代の文筆家は、キャッチーだけどお腹にたまらないものを量産することで、何とか原稿料を稼いでいる様に見えます。それはそれで食べていくための一つの戦略です。そして『食べていく』という目的のために切り捨てられたものをアマチュアが拾うのもまた一興。ただ、アマチュアが『食べていけるレベルになることを目標にして頑張る』というのも一つの一般コースなので、それはそれで別のルートを探さなけれならないでしょう。

ネットを眺めているとよくわかるが、世の中は何かを言いたい者で溢れており、何かを聞きたい者はとても少ない。質問だって、別に答えを聞きたいわけではなくて、そういう質問があるのだと聞いて欲しいだけだったりする。質問と称して自分の経歴を語りはじめる人は多い。誰しも自分自身の話に、誰もが興味を持つと何故か思っているからだ。いや誰も興味を持ってはいないと知っているからこそなのか。小説が売れなくなるのも当然で、語るばかりの話など、誰も聞きたくないわけだ。「感情移入できませんでした」というよくある感想はあれなのだろう。「このお話は自分の言葉を聞いてくれなかった」ということなのだろうと思われる。「想像したお話ではありませんでした」というのもそうなのだろう。「自分の期待通り、自分が何を期待しているのかを受け止めてくれる本ではありませんでした」ということだ。つまり、これからのお話に登場する登場人物は、読み手の言いたいことに耳を傾け続ける能力を持つべきだ。生活のために。
円城塔 「プロローグ」 2015年 文藝春秋 p.245

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