トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

演劇は祝祭か

明け方から始まって日が暮れるまで、歌舞伎の上演はまる一日つづけられていました。その間、何度も幕間があります。現代の歌舞伎興行もかなり長い幕間の時間を取る習慣がありますが、江戸歌舞伎の幕間は現代のそれとは比べものにならないほど長かったといわれています。それだけのんびりした、いい時代だったのでしょう。
桟敷の観客はすべて芝居茶屋を通して見物することになっていますから、幕間ともなればそれぞれ自分たちの茶屋へと引き上げて行きます。茶屋ではお茶を飲み、お菓子、水菓子(果物)を食べるのはむろんのこと、時間によっては食事をしたり、お酒を呑んだりして楽しみます。おしゃべるをする人、うたた寝をしてしまう人もいます。若い女性の中には、幕間の茶屋で何度も衣装を着替える人がいました。次の幕が開いて、ふたたび桟敷にもどる時、さっきとは違う衣装で、颯爽と現れようというわけです。つまりお色直しですね。何のことはない、彼女は役者といっしょに芝居の宇宙の人になりきっているのです。「役者に見せる気か」とからかわれても、それが彼女にとってはこの上なくうれしいことだったのです。茶屋でのゆっくりした遊興の時間も、桟敷客には日常を離れた芝居見物の日の楽しみのうちに入っていました。
服部幸雄・文 一ノ関圭・絵 「絵本 夢の江戸歌舞伎」 岩波書店 2001年 p.51

「まくま」と入力しても「幕間」と変換してくれるATOKの有り難さ。正しくは「まくあい」です。
そして不勉強にして、芝居茶屋という言葉を始めて知りました。劇場前の飲食店がチケット予約も管理してるってことですね。現代の演劇では幕間はせいぜい20分です。劇場関係者が弁当のケータリングや打ち上げで近隣の飲食店とつながりを持つのは今もある話。

この一ヶ月、何故か毎週末に観劇するハメになっておりまして。ハメも何も、見たい芝居が連続してただけなんですが。
そしてここんとこ芝居を作る側からは遠ざかっている身としては、引用文中のお嬢さんの気持ちは、何だかわかる気がします。
ぶっちゃけ交通費だけで結構かかるし移動時間もかかるし、必ずしも当たりばかりとは言えない。それでも観劇は、一般市民を世俗から離れた非日常へ連れて行ってくれる物です。非日常なものがなければ生活していくことは苦しい。家でヒット映画のレンタルDVDを観る方がずっと安上がりで楽ですが、それは非日常ではないんです。・・・・・・人に依るかな?

平田オリザ氏は「都市に祝祭はいらない(演劇が祝祭である必要はない)」と書きましたが、非日常にも様々な種類があり、その中からより良い非日常を求める上で、演劇は一つの選択肢になるでしょう。今日では江戸時代の歌舞伎よりも選択肢が大量に増えただけで、歌舞伎や演劇が古くさくなってしまったということではないです。
というか平田氏の演劇は日常を見つめ直す行為であり、つまり祝祭ではなくても非日常なんですけどね。本は持ってるんですが物置から引っ張り出すのが面倒なので詳細を省きます。またちゃんと読み直さないと。

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