トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

本を所有する理由

最近知人がご結婚なさったとのことで、何ともめでたい限りですが、あまりめでたくない話も色々セットで付いて来る様で。その一つに、余り読書を嗜まない奥様から「本棚がスペースを取るから本を捨ててちょうだい」と言われたのだそうです。
「そんならまずタンスから溢れ出しそうなお前の服を捨てろ!」というのを出来るだけマイルドな言い回しで伝えたところ、「服は着るからいいのよ。本なんか図書館で読めばいいじゃない」と返されて、早速夫婦の間で仁義なき戦いの気配が漂いつつあるとかないとか云々。
うーん。旦那様の鉄道模型だとかフィギュアとか、そういったコレクションが夫婦喧嘩の種になるのは珍しくもない話ですが、私も本だけはお願いですから勘弁してやって下さいと言いたくなります。本は着れないし食べれもしないですけれど、生きて行くのに必要なんです。

さて、読書家は何故本を所有したがるのか。書いている内に浮かんでくるだろうと軽い気持ちで書き始めたものの、どうもうまいこと言えません。
とりあえず『図書館で読む』では満足できないのは確かです。『自分で買って図書館に寄贈する』も却下。人に貸すのも嫌がる程にはしみったれておりませんが、基本的には常に自分の手元に置いておきたいのです。だからといってしょっちゅう読み返してる訳でもないんですけれど。持っていることに意味があるというか、ステータスというか、奥様がダイヤの指輪を毎日嵌めなくても大事にするのと似ているかもしれません。でもダイヤは質に入れれるな……
『電子書籍で買う』も、残念ながら却下です。少なくとも電子書籍が普及する以前の世代にとっては、本はただの文字情報ではなくて、表紙絵や装丁全てを含めた物だからです。大袈裟に言えば、役者や美術等の総体を芝居と呼んで、脚本だけを芝居とは呼ばないのと同じです。
本の読み方は人それぞれですが、本を読むということは少なくとも何かを体験することだと思います。初めての体験もあれば何度目かの体験もあり、多かれ少なかれ時間を要するその体験の予感もしくは大事な思い出として、物体としての本の方が適しているのではないでしょうか。
それも電子書籍が普及すれば、その書籍のアイコンを見るだけで事足りるものなんでしょうか?現代の親が子供の写真をデータで保存するだけではなく必ず現像しているかと言えば、きっとそんなことは無いですし、やっぱり時代と共に変わっていくんでしょう。

件の知人は残念ながら電子書籍世代でもありませんので、私から言えるのはせいぜい「所有する本をもっと厳選してみては」位なところですか。時には本を捨てる・売る勇気を持つことも必要です。売ったお金でまた別の本が買えると思えば!
最後にちょっとだけいい話を。実家に芥川全集、と言ってもメジャーどころしか収録されていない薄っぺらいのがありまして、母が学生時代に買ったとおぼしき年代物です。私の芥川好きはいくらか母のが伝染した気があって、実家を出る際に黙って持ち出しました。
母は幾度か私の下宿に来たことがあり、その際に本棚もチェックしたと思うのですが、別に何も言って来ないので、このまま返す予定も無いです。もし私が「本棚がスペースを取るからそんな古くて汚っこい本捨てちまえ」と言われたら、間違いなく本の角で殴ります。いつか「これはおばあちゃんが買った本なんだよ」と子供に言う日が、そしてその本を子供が読む日が来るかもしれませんから。
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