トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

天の神様の言う通り

円城
そういう書き方なり方針なりを突き詰めていくと、テンプレート(雛形)さえ作ることができれば、そこに登場人物の名前や動詞を放り込んでいくことによって自動的に「物語」を作っていくことも可能ですよね。極端なことを言えば、作家という存在自体いらなくなるんじゃないかとも思うわけです。少なくとも、ある種の作家は機械の速度に負けたりすることになるかもしれない、と。

長尾
いやでも私もですね、研究生活のなかで、コンピュータ上でテンプレートを作り、そこに単語を放り込むことによって文を作るという試みにずいぶん時間を費やしたんですよ。だけれども、そこからはあまり意味のある表現が生まれないんです。だからいくらやってもおもしろくはならない。円城さんの作品だって、円城さんという人が関与して初めてああいう形になったわけですよね。

円城
確かに、現状では創作行為をすべて機械化することは難しいんですよね。でも・・・・・・ちょっと話が変わるのですが、長尾さんは「短歌」の自動生成プログラム「星野しずる」というものをご存じですか?いま、というかこのプログラム自体は2008年から存在して一部で話題になっていたのですが、佐々木あららさんという自身も歌人である方が作られたプログラムで、「星野しずる」というものがあるんです。(中略)
ただなんとなく受け取るだけならいいんですけれど、歌人の方なんかは星野しずるが詠んだ歌を見ていると、“酔って”しまうという話があったりしておもしろいんです。歌の背後にいる人格が掴めなくて気持ちが悪くなってくるとか。

長尾真×円城塔対談 「未来に伝えるべき“物語”を求めて」 第1弾・第2弾 Matogrosso 2010/05/24,2010/06/03

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萌え擬人化の必要性

ロバート・フォワード竜の卵」 早川書房 1982年

を読みました。大層おもしろかったです。


『地球人が異星人を発見したので接触を試みる』という王道のお話でした。著者は物理学の研究者ということで、理論の難しい部分は文系の私にはよくわからなかったんですが、設定の作り込みに知識の深さを感じました。
しかしその異星人の形状につきまして。
以下、大したネタバレじゃないと思うんですけど。





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古典はつながって行くのだ

・・・・・・それだけなら、『アナバシス』のテーマは悪漢の物語とか英雄喜劇のタネにもなるだろう。一万人のギリシア傭兵が、ペルシャの王子小キュロスのいいかげんな口車にのせられて雇われ、小アジアの内陸地方に遠征して、じっさいはキュロスの兄アルタクセルクセス二世の王位を奪うつもりだったのが、クナクサの戦で敗退し、複数の指揮者を失って、故郷を遠く離れたまま、敵意にみちた住民のあいだを抜けて撤退する話だからである。彼らの望むところはただひとつ、帰国することだけだったのに、彼らの場合、なにをしても人々を危機にさらす結果を招いてしまう。一万人の武装した兵士らは、同時に腹をすかせていたから、どこに着いても、まるでイナゴの大群のように、まず略奪と破壊をおこなう。そればかりか、行軍のしんがりには、ぞろぞろと女を従えていた。
クセノポンは叙事詩にあるような英雄を立てた描き方に手を染めたり、自分たちがおかれた状況の、恐怖と奇怪さがないまぜになった様相を――ごく稀にはそういうこともあるが――愉快とするような男ではなかった。『アナバシス』は、だから、距離、地理的な目じるしになるもの、動植物の資源などを詳記した、一将校の技術的な回想記であり、また、外交上の問題、人員の配置、戦略についての問題集でもあると同時に、それぞれの問題への解答集なのだ。

イタロ・カルヴィーノ クセノポン『アナバシス』 同「なぜ古典を読むのか」 河出書房 2012年 pp.38-39


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前と違うこと

昔々、稽古をやったり役をやったりして、ピーター・ブルックが来て、「今日のあれは良かった」と。それで「明日どうする」と。今日これが良かったんなら明日もやりたいじゃないですか。安心。それが、「今日良かったから明日どうする」って。
たまに稽古なんかやると、「それいいけど、それ前に観た」って言われるんですよ。
あの方は絶えず絶えず、その人に自分で次のものを発見させようと促すのがうまいんです。
ピーター・ブルックの世界一受けたいお稽古」 サイモン・ブルック監督 2012年
笈田ヨシのインタビューより


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路上劇は恥ずかしくても朗読ワークショップなら

国会再現 金沢で路上音読劇 「共謀罪答弁」笑えます
中日新聞web 2017年5月17日

共謀罪 国会質疑を朗読 石川の主婦ら批判の声
毎日新聞web 2017年5月18日

やりたいなあこれ・・・
むしろ学校の現代社会の授業でやるべきじゃないですかこれ。下手に先生の授業を座って聞くよりも、色々と理解し色々と考えることができる気がします。
そして演劇が公教育の場に進出。一石二鳥!
アネクドート的な方向で演劇が盛んになる様な時代になりませんように。

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