トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

前と違うこと

昔々、稽古をやったり役をやったりして、ピーター・ブルックが来て、「今日のあれは良かった」と。それで「明日どうする」と。今日これが良かったんなら明日もやりたいじゃないですか。安心。それが、「今日良かったから明日どうする」って。
たまに稽古なんかやると、「それいいけど、それ前に観た」って言われるんですよ。
あの方は絶えず絶えず、その人に自分で次のものを発見させようと促すのがうまいんです。
ピーター・ブルックの世界一受けたいお稽古」 サイモン・ブルック監督 2012年
笈田ヨシのインタビューより


続きを読む

路上劇は恥ずかしくても朗読ワークショップなら

国会再現 金沢で路上音読劇 「共謀罪答弁」笑えます
中日新聞web 2017年5月17日

共謀罪 国会質疑を朗読 石川の主婦ら批判の声
毎日新聞web 2017年5月18日

やりたいなあこれ・・・
むしろ学校の現代社会の授業でやるべきじゃないですかこれ。下手に先生の授業を座って聞くよりも、色々と理解し色々と考えることができる気がします。
そして演劇が公教育の場に進出。一石二鳥!
アネクドート的な方向で演劇が盛んになる様な時代になりませんように。

フランク・ロンドン氏来日公演

東欧ユダヤ人の音楽「クレズマー」をめぐる対話 クレズマティックスの設立者フランク・ロンドン氏を迎えて

上記のライブがすごく良かったですよーというのが本日の主旨です。
都合上ライブからしか行けなかったのですが、プレトークの内容も盛り沢山だった様で。

ライブにも色々ありますが今回のは観客が手拍子をしたり拍手をしたり(そこそこ自発的に)、一緒に歌ったり、観客参加型だったのがとても楽しかったです。ロンドン氏のクレズマーにジンタらムータさんのチンドンスタイルが加わって、こういうのが大衆音楽というものなのかなと思いました。
じっと座って聞く音楽では観客が参加していない、ということはありません。ただ教育現場において座学と実習・演習では後者の方が格段に定着率が高いのはよく聞く話。
音楽はその辺を簡単に応用できる、つまりキャッチーなのが良いところ。

ずっと昔、音楽劇が書きたいなーと思っただけで終わったのを思い出しました。
私の周りには歌の素養のある役者さんがあまり居ないので、歌は無しかなと。踊りも無し。何ならできるか。打楽器ならいけるか。打楽器は種類がたくさん無いと寂しい。予算が厳しいなら、ペットボトルに小石を入れたものやカマボコ板2枚を打ち鳴らすのでも良い。そういうノリの芝居にすれば良い。そういうノリって何だ。民族音楽なら。きっと楽しい。
手拍子をするだけでは飽き足らず、音楽劇書きたい!という気持ちを思い出す位に良いライブだったということで。

「演劇1」を観た

やっとこさ想田和弘監督ドキュメンタリー映画「演劇」を観ました。わーい。時間の都合上「演劇1」しか観れなかったんですが。
青年団の舞台裏が余すところなく映ってまして、大興奮です。給与の金額とか映ってます。揉めてるシーンもあります。生々しいです。カメラが結構揺れてる(=元から構えていたのではなくて、今起こっている事柄にカメラが付いて行っている)のと相まって生々しいです。

しかしやはり一番印象に残るのは稽古のシーンですか。稽古というのは何度もやらなきゃ稽古にならないんですけど、端から見たら同じことを何遍も繰り返すのでしつこいんですね。そして平田氏の演出がすごく繊細というか細かいので、とてつもなく偏執的な作業に見えます。その膨大な繰り返し作業の積み重ねが本番につながる訳です。
あと平田氏の演出が「そこ0.5秒詰めて」みたいに超物理的なのは有名ですが、言われた役者はそれに対して「はい」とは答えながら、そのまま機械的に詰める訳じゃないんですね。なんで詰めるんだろう?って考えて意味付けするのは役者の仕事なんです。
講演か何かのシーンで平田氏が「脚本家は仮説を立て、演出家は方法を考えて、役者が実験する。脚本家の思想を役者が実現しようとすると失敗する」と語っておられたのはそういうことなのかしら。

貸出本のバランス

「バランス?バランス、とは?」
「新しく入荷した本を借りるときは、古い蔵書をセットに借りて――私小説を読むときには、かたわらにファンタジーを置いていた。詩集を読んだあとは伝記を、SFを読んだあとはビジネス書を、ライトノベルを借りるときは純文学を一緒に借りて、推理小説を読むと、続いては恋愛小説を読んでいたそうです」
「・・・・・・」
推理小説と釣り合いを取るのが、恋愛小説でいいのかどうかはともかくとして――バランスとは、そういう意味か。
西尾維新掟上今日子の遺言書」 講談社 2015年 p167


続きを読む
前のページ 次のページ

FC2Ad