トカゲなる日々

劇団万国トカゲ博覧会の生態

夏休み2017

sputnik.さんの夏休み旅行にまぜてもらいましたよ。同道のみなさま本当にありがとうございました。

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人生初の沖縄は思ったよりも暑さがしのぎやすく、海がそれはそれは綺麗でした。でも珊瑚のかけらがいっぱい落ちてて踏むと痛かったです。山も美しく、ご飯も大層おいしかったのでした。
ちょっとは演劇の話を書きますと、全員で夜の11時半に宿に着いた後12時から居酒屋を探しに繰り出し、結局コンビニで酒とつまみを買い込んで宿に戻り3時近くまで次回公演の話をしていたのが、君らそんなに私と歳変わらんだろう!その体力はどこから来るんだ!と思いました。演劇人に体力は必須。

夏も終わりに向かいつつありますね。次は芸術の秋だ。

読書会に行こう

読書会というものに行ってみようと思い立ちました。

通勤手段をバイクに換えたことによって、読書時間が激減したのがそもそものきっかけ。
家で本を読む時間も充分に確保できず、このままでは家と職場を往復するだけの生活になってしまう。やばい!と、無理矢理予定をねじこむことにしました。
しかし近場で探してみると、「母親のための読書会」とか「聖書を読む会」とか、どうも本を読むことが第一目的ではなさそうなものしか見当たらなかったため、大阪市内まで出ることになりました。これが都会と田舎の差か?

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観劇日記

rose ローズ」マーティン・シャーマン作、志賀澤子出演@オンガージュ・サロン

を観てきましたよ。

年老いた女性の身の上語りという体裁の一人芝居でして、途中で集中力が切れるかもしれないな・・・・・・と初めは及び腰だったのですが、主人公の人生がすこぶるドラマティックかつ省略する部分は思い切りよく省略されていたので(気が付いたら結婚してたり)杞憂でした。
あと話の途中で「何の話してたんだっけ?」とか「あ、薬の時間(がさごそと薬を取り出して飲む)」とかいういかにも老人風な台詞が、個人的に秀逸だったと思います。

作品全体を通して、主人公が自分をユダヤ人だとはっきり意識していたのが印象的でした。私はそんなことを意識して生きて来なかったからです。外国籍の観客の方が「『ここは自分の居場所じゃない』と思いながら日本で暮らして来たから、他人事だと思えなかった」と話しておられて、自分のこの境遇はたまたまなんだなあと思いました。
と書くと、いかにも説教臭い芝居を想像されるかもしれませんが、そんなことはないです。上品な笑いあり、ペーソスありのいかにも良質アメリカ演劇な感じでした。

東京では月1ペースで上演されているとのことですので、出張のついでにでも是非。

ヒキオタ語の習得

Sherlock: A Study in Pink

買っちゃいました。
名探偵ホームズの物語を21世紀版にアレンジしたBBCテレビドラマ「Sherlock」を漫画化したものです。
これを見ながらDVDを見れば字幕無しで観れる!英語の勉強にもなって一石二鳥!

と思った私が甘うございました。
ホームズが朗々と謎解きをするシーンが見所なんですが、ホームズのしゃべりが速い速い。
天才肌で協調性も無いという原作に忠実なキャラなので、自分には自明のことを他人にいちいち説明してやるのが面倒なご様子です。ぶっちゃけ早口のオタクっぽいしゃべりで、現代風アレンジが効いてて良いですね。・・・・・・とか言ってる余裕も無い位に速い。
まだきちんと読んでませんが、スラングはあまり出て来ない様です。でホームズもワトソンもそんなに訛りはないと思いますから、彼らのしゃべり方を真似すれば本場でも通用する!
と思ったんですけどねえ。ホームズのしゃべりに付いていくには相当な修練が必要ですし、彼の真似をしたところで「日本人ってやっぱりオタクなのね」と思われるのがオチの様な。

ドラマ自体は大変おもしろいので、皆カンバーバッチ氏を観たら良いと思います。

前回の続き

戯曲というものは、劇作家が、人間の力を超えるなにものかと緊張感を以て対峙しているという地点からしか生産されないだろう。人間の力を超えるなにものかと緊張感を以て対峙している地点から生産されていないならば、どのように精緻な会話とどのように巧妙な構造を持った作品も戯曲とは呼べないだろう。シェイクスピア、ベン・ジョンスン、コルネイユ、ラシーヌ、オニール、イプセン、みな一様にその最盛期には、人間の力を超えるなにものかとの対峙に緊張感をみなぎらせていた。

三十年近く前に書いた文章で、今から見ると少々意気込みすぎていますが、ここに挙げた劇作家たちがいずれもその最盛期において、運命、歴史、社会矛盾、そういう不可抗なものと対峙する緊張した姿勢を持っていたことは確かです。
木下順二 「“劇的”とは」 岩波書店 1995年 p75


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